2011年6月アーカイブ

【専修大学石巻校舎構内ボランティアセンター

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石巻市一帯をケアーするボランティアセンターとして、専修大学石巻校舎を利用している。広大な敷地で、校舎の前に広がるグランドが、活動拠点として利用されていました。こうした場所に、ボランティアの方々は自分でテントを張り、自己完結型のボランティア活動を展開しているとのことでした。現在はボランティアの数は、少なくなっていますが、連休中は、ボランティアがあふれてごったがえしていたようです。

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2日目の最後として、専修大学石巻のボランティアセンターで、参加者全員で記念撮影をしました。

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今回「箱根温泉AID東日本復興支援活動」に参加して、やはり実際に自分の目で被害の状況を見てこなくては、実感できないことが多い事を理解することができました。声を掛けてくれた、団長の田村洋一君、全体の取りまとめに扮装していた会長の駒 慎司君、すべての日程で色々配慮してくれました牧島かれんさん大変お世話になりました。

復旧復興と言われているが、3か月も経ってこれでよいのかと思うばかりで、がれきの処理、町づくり計画、被災者の雇用など数えきれない課題が山積しており、やはり現地に来て地域の事情にあった、支援をしていかなければならないと思いました。

同じようにして感じたことは、この復興には市町村では全く対応できるものではないので、3か月もたっているのであるから、国が早急にはっきりとした復興計画を示さなければならないわけで、雇用もないところにひとな残らないし、町そのものが復興されず消滅してしまうのではないかと心配します。
帰ってきてからのニュースでは、国は相変わらずのていたらくで、官総理の記者会見の様子や両院議員総会の様子など見ると腹が立ってきます。早く辞めて、やるべきことを全員でやってほしいものです。


【石巻市避難所・飯野川第一小学校】

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洞源院を撤収してすぐに昼の避難所に移動となり、飯野川第一小学校に向かう。ここは、平成17年4月1日に1市6町によって市町村合併をした、旧河北町の小学校で、海岸から離れた内陸部にあるために、周辺地域には地震による街並みに大きな傷跡はないが、それでも玄関などが歪んでいる家屋は、建築基準前とかなり家屋と物置の様な建物で、崩れてはいないがひびが入る程度でした。悪く言えば壊れるべくして壊れたと言っても良いような感じでした。

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避難所の小学校体育館には、ちょうど自衛隊の音楽隊が慰問に来ていて、音楽隊の演奏が聞こえていました。その音楽を聴きながら、参加者とともに昼食と足湯の準備を進める。早朝に行っていたので、設定には時間がかからず、みんな手際よく行動する事が出来ました。


ここでの被災者も震災当初より人数は少なくなっており、物資もある程度行き届いているようで、多くの人には余裕の表情も伺われ、内陸部で周辺には被害の家屋が少ないので、ここの被災者は他の地域より移動してきたものと思われます被災者の様子は、働き盛りの男性が少ないようで夫人と子供が比較的多いようでした。



【石巻市避難所・曹洞宗洞源院】

源院へ避難している方と、近くの公営観光施設に避難している人を併せて現在は80名程度の被災者が住居している。震災当初は、この避難所に400名程度の人たちが避難していて、その頃は食糧不足に悩み、お粥をすする状態であったそうです。

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 月日が経過するにつれて、被害の状況や周辺の状況が分かるころには、震災の被害を受けて地域に持ち家がなく、尚且つ仕事に対する適応性のある、働ける若い人から避難所を去って行き、現在残っている方々は、比較的年輩の方が多くなっているようです。また、若い人は働ける場所に関して石巻にこだわりがないとのことで、内陸部にそのまま移動してしまっているために、今後そうした方々が町に戻ってきてくれる保証はないので、復興の町づくりにも不安を抱いていました。

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会議所箱根青年部を中心としての炊き出しと、足湯の提供は、早朝到着してからすぐに開始され、7時には提供することができた。朝食のメニューはご飯・味噌汁・アジの干物・湯葉・海苔・温泉たまご・ウインナー・かまぼこ・野菜サラダでトレーにいっぱいになるほどしっかりとしたメニューであった。朝食を食べて働きに行く人もいるので、ボリュームのある食事を希望されたとのことでした。

足湯に関しても工夫された道具を持ち込み、被災者の方々は喜んで利用していた。本来であるならば、夕方ビールでも飲みながら入ってもらう方が気持ちいでしょうけれど、日程上申し訳ないです。

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避難所の洞源院の大黒さんで、震災当時の話を伺いました。大変な時期を過ぎてようやく落ち着いてきたとのことですが、今後の寺院の運営も大変な事だと思います。お寺は、お大黒様で成り立っているのですから、道のりは長いことでしょうが、みんなで力をあわせて復興を果たしていただきたいと願いました。

石巻市の被害状況は、街中を移動中に見て感じたことは、報道で知っているような街並みが、更地のようになっている訳ではなく、建物はかなりの数存在していた。しかし津波の影響を受けた建物は、すべて一階部分の内部に家具等を見ることはできず、がれきが散乱しているような様子で、言い換えれば建物の柱のみで、中身が存在しない状態でした。

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 幹線道路の確保と信号等の復旧はできているが、路地に入ると、がれきが邪魔をしているようで、安全には歩行できなところも存在する。このような復旧されていない街の中にも、歩行している人々や、まれに犬の散歩をしている様子を見受けられたので、人の生活の姿が見られるし、その様子も落ち着きを取り戻しつつあると思われました。

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日本の家屋は地震に対する耐久性は保たれているが、津波によっての被害がこれほど大きな影響にあるものを改めて実感した。被害は海岸に近付くほど甚大であり、河川も地盤沈下か津波によるヘドロの堆積の影響かは判断できないが、水位の上昇が顕著で、下流への水の移動も遅く滞留しているようである。これから台風による増水の影響が心配された。

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 24日から26日までの間、箱根温泉AID実行委員会が主催で、小田原箱根青年会議所箱根青年部が企画運営をする、「東日本復興支援活動」に参加してきました。参加するきっかけは、今回の団長である強羅の田村洋一君からのお誘いいただき実現をしました。議会にも呼びかけをしたところ、副議長の沖津弘幸議員、村上東司議員、遠藤秀則議員、稲葉親太郎議員が参加してくれました。現地での活動計画に関して、牧島かれんさんが多くの場面で協力をしてくれました。しかも、3日間同行して同じように活動をしてくれていました。まったく頭が下がる思いです。

訪問した場所は

  石巻市避難所・洞源院

  石巻市避難所・飯野川第一小学校

  専修大学石巻校舎構内ボランティアセンター

  松島野外活動センター

・ 松島町観光協会
の5か所です。
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出発前の様子です。夜出発は若いころのスキーツアー依頼ですので、明日しっかり働けるかが心配です。
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 今月22日に、観光地での計画停電を中止の要望を私と、湯河原町室伏重孝議長・熱海市梅原一美議長の三人で東京都千代田区にある東京電力本社を訪れ、以前より煮詰めてい計画停電回避に関する内容の要望書の提出をしてきました。
 東京電力側は執行役員・島田営業部長をはじめとして、営業部・房野部長、お客さま本部営業部節電推進プロジェクトマネージャー・藤本部長、総務部首都圏グループ・澁谷副長、などの迎えを受けました。本社会議室での会談では、特に春に実施された計画停電の影響の大きさと、計画停電のために自ら観光客をお断りしなければならない旅館・ホテル、飲食関係の現実と、観光産業に付随する多くの関連企業や業者に厳しい状況をしいること、パート等の解雇など多くの影響が生じたことなどを訴えました。そこで、停電や節電に関する色々は報道がある中で、私たちも行政を先導役として住民はもとより、1市2町の観光産業界は極力節電に努力するので、計画停電だけは回避していただきたいと要望してまいりました。
 今回のこうした行動は、湯河原町・熱海市と箱根を交えた1市2町で議会同士連携促進のための「熱海・箱根・湯河原広域行政推進協議会」の設立準備当時から計画されたものでした。計画停電が実施され、町内の産業ほ疲弊が増す事を受けて、議会としての実のある行動をすべきであることから、三人の議長間では、東電に行き要望書を提出することは確認していましたが、熱海市の統一地方選挙や各市町の調整がつかなかった為に、今回になってしましました。
 東京電力側は私たちの話をしっかりと受け止めてくれて会社としても既存の火力発電所などをフルに活動させ、回避を図る努力をするとのことでした。
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要望書の内容は下記のような内容です。




計画停電中止に関する要望書

 

 この度の東日本大震災は、M9.0という大地震と想像を絶する大津波により広範囲にわたり甚大な被害を及ぼしました。

 また、この大地震と大津波の影響により福島第1原子力発電所が崩壊し、電力の供給機能が麻痺したことで、東京電力管内の産業界から経済界に至るまで多大な影響を被り、電力不足を補うための計画停電が実施されました。

 この計画停電によって、神奈川県箱根町・湯河原町、静岡県熱海市における宿泊施設への電力の安定供給が困難になったため、宿泊予約のキャンセルや宿泊施設自らお客様をお断りしなければならないという苦渋の選択を強いられる事態が相次ぎました。その影響は大変大きく、旅館やホテルを一時的に閉鎖せざるを得ない事業所も現れ、本市町の観光産業は、深刻な状況に追い込まれました。

 仮に今夏、再び計画停電が実施された場合は、夏が観光のトップシーズンとなる本市町の基幹産業に、大きな打撃を与え、ひいては地域経済の疲弊により市町への財政を著しく逼迫させることが懸念されます。

 そのため、今夏の節電対策として525日に発令された電力使用制限令における旅館・ホテルの電力削減率につきましては、本市町の宿泊施設において最大限の努力をし、また、住民に対しての節電の徹底に鋭意努力して参りますので、計画停電を実施しないよう要望いたします。

 

 本日暖かくなったので、もしかしたらホタルが飛んでいるかもしれないと、宮ノ下のホタル自生の蛇骨橋上流に探索に行きました。少し奥に入りますが、数えて十数匹のホタルが飛んでいました。
 帰宅途中に、富士屋ホテルの庭に行ってみたら水車のところと、プール下の池周辺に、数匹のホタルが光っていました。これからしばらくはホタルが楽しめます。
 昨日の首相が、復興の目途がたった時点での辞任を示唆した引き換えに、閣不信任案の否決の結末は、余りにもお粗末な結果と思っていましたが、今日の国会中継と夕刊で感じたことは、原発と引き換えに自分の延命を図るなんてこと、本当に信じられません。
 原発の終息なんていつになるか判らないし、一定の目途なんて誰がどの時点で決めるのか、本人が決めるとするならいつまでも継続可能です。結局自分の任期中はやりたいのだと感じました。更に辞表を返してもらった副大臣・政務官一度辞表を出した政治家が返してもらうなんてこと、この世の出来ごととは思えません、覚悟が何もないようです。辞表を撤回することも含めて、今回の一連の騒動は、ある程度シナリオがあったのではないでしょうか。そうとしか思えません。あまりにも国民を馬鹿にしています。
 大震災の復興があるから、解散総選挙は出来ない事を利用して、自分たちの政局ばかり、国政のやっていることは余りにも、私たちから乖離していて行くばかりです。多くは意見は、政治はこんなことをやっている場合ではない、一丸となって復興と国の行く末を考えて、行動するべきであると言われますが、一丸となって行動出来ないのだから、私たちも、勇気を持って、解散総選挙も見据えた考えを、声にすることも必要ではないかと、私は思います。